ミュンヘン観た。
by ryoki on 2月.12, 2006, under 映画
ミュンヘン(MUNICH)。有楽町丸の内プラゼールで観てきた。
予想通り重かった。エンタメ系見た方が良かったんじゃないの?ってちょっと思った。笑うとこ、無かった。泣くとこ、幾つかはあった。
正直、背筋がゾクッとくるほど感動したこともなかったし、涙を流して大泣きするような場面もなかった。
むしろ、淡々と現実を思い知らされた感じ。
一緒に苦悩させられた感じ。
でも、これで彼らの苦悩がわかったなんて言えないんだろう。
そして、これで、イスラエルやパレスティナのこと、ユダヤやドイツのこと、裏の世界のこと、それらがわかったなんてことも言えないんだろう。
でも、この映画は、自分の生まれた年にこんな大事件があったことすら知らなかった平和ボケな日本人の一人に、大切な史実の一部を伝えた。これだけは事実だ。
爆弾製作担当の玩具屋が主人公(リーダー)に言った言葉が心に残った。
最近読んだ「国家の品格」を思い出したりする。(まだ感想書いてない^^;)
誇りとは何か、高潔とは何か、卑怯とは何か・・・。また考える。
この映画を観て、なんとなく、他を知ることよりも己を知ることの方がまず先ではないかと思った。
己の内を知り、己を高める。そして自国を高める。
そうすれば自ずと道は開けてくる、そんな気がした。
そうしていれば、いつか他が受け入れてくれるような、そんな気がした。
イラクの戦争でも、幾つかそれを感じさせる場面があったではないか。
無理に頭でイスラエル・パレスティナを理解するより、まず自らを理解して、決して傲慢にならないようにする。
決してこちらの論理を押し付けたりすることのないようにする。
誇り・高潔・家族を大切にする風土・文化を造り、守ることで、いつしか他から受け入れてもらえる人や国が出来上がるのではないか。そう思った。
最近読んだ「国家の品格」や「超バカの壁
」の影響をもろに受けているかも…。いずれも感想文はまだ(^^;)>
それと、閉幕直前の主人公の奥さんの優しい一言も心に響いた。
言葉自体はありきたりなんだけどね。重みが違った。












2月 14th, 2006 on 00:28:34
以前、とある超大国の年頭教書挨拶(どこかチョンばれ)を見ていて、あまりの“価値観の押し付け”に嫌気が差した。腹の中にある露骨な国益追求を棚に上げて、よくも臆面もなくあのような美辞麗句、否、自意識過剰発言、中華思想的発言ができたものだと呆れた。まさに、日本は自己中心的な輩の相手をせず、孤高の精神で“己の内を知り、己を高め、そして自国を高める”ことが必要なのだと思う。
2月 14th, 2006 on 04:14:40
読書・我慢教育絶対論
以前少し触れた“国家の品格”の著者藤原正彦氏の旧著“祖国とは国語”の文庫版が出ていたので買ってみた(“この人に文部科学大臣になってもらいたい”との帯がとても気になる)。…
2月 14th, 2006 on 08:57:37
ROCKS LOUNGE氏、早速コメントありがとう。
今朝の満員電車内およびその周辺にも中華思想的・唯我独尊的”おとな”達が大勢いました。平気で割り込んで胸を張ってる者。無言で押しのけて足を踏んで出て行く者。見せられた方としてはイライラしては損なのはわかっていながらも(海馬を痛めて記憶力が低下するしね)、どうにも整理がつかない。「この者達は子供だから」と諌めてみるけど、どこをどうみたって自分より年配だ…。こんな世界を見せられた若者や子供達が”己の内を知り、己を高め、そして自国を高める”ことなんてするようになるだろうか。
ということで、まずは、オフピーク通勤から真剣に考えるべきだと思った。国がやってくれたっていいんちゃう?役人達は電車で通ってるだろうか?社会を肌で感じてくれてるだろうか?ちょっと心配になった。
ちなみに今日はいつもより若干早く、半端に早く着てしまったので”オンピーク通勤”。明日は更に早い時間帯の”オフピーク”を狙う。
文科大臣…。