前田利宇右衛門(まえだりうえもん)
2006/08/30 水曜日 - 23:34:52 by ryoki 香り薄い。
まあうまい。
すっきり系。
とろみなし。
ちなみに、この焼酎を頼んだらジンライムが出てきたのだ!芋焼酎とジンを間違えるなんて、ちょっと異常だよね。詳しくは 鶴日和(つるびより)。
香り薄い。
まあうまい。
すっきり系。
とろみなし。
ちなみに、この焼酎を頼んだらジンライムが出てきたのだ!芋焼酎とジンを間違えるなんて、ちょっと異常だよね。詳しくは 鶴日和(つるびより)。
まあ、うまい。
一刻者ライクな感じで、すっきり系。
“立ち呑み屋”で呑んだのだが…“立ち呑み屋”の店員ががらっと変わってしまったことに気が付いた。しまいには、焼酎を頼んだのに、ジンライムが出てきてしまって…。この事件をきっかけに、立ち呑み屋の信用はがた落ち。店員を睨んでは「確かにいいかげんそうだ」と思ってみたり、最初に頼んだこの鶴日和を睨んでは「もしかして一刻者(いっこもん)か何かを出してきたんじゃなかろうか」…こういうのは一度疑いだしたら止まらないものだ…。しかし、オープンして間もない立ち呑み屋をしきっていた、お酒の好きそうなお兄さんとお姉さんはどこに行ったのだろう。
ということで、“鶴日和”の評価はとりあえず“普通”としておき、どこかで再戦に挑みたい。
保護された投稿につき抜粋表示はできません。
ほぼ1ヶ月前の8月1日にも送られた。。。のだが、また送られた。
といっても、再び異動や転勤があったわけではなく、同じ異動について、もう一度“送別”してくれるというのだ、若手の皆さんで(ん?!若手??)。夏休み明けに、という配慮もあって月末に。全く、恐縮なことであります。
しかし、しかし、全く、本当に、楽しい仲間である。また、いつものように、みんなで、シャウトして、飛び跳ねて、踊りまくった。みんなワキワキアイアイ&ワキワキチャチャチャだ。
そして、またまたお花を貰ってしまった。小さなヒマワリが元気で美しいので、接写してみた。花は、部屋を明るくして、とてもいい気分にしてくれるけど、接写レンズを持つ者に対しては、その上、楽しみまで提供してくれる。とても嬉しい贈り物だ。
その上、昨今、焼酎にはまっている小生には、たまらなく嬉しいプレゼントまでいただいた。そう、“焼酎サーバー”である。陶器の“遠赤外線効果”で、焼酎の味がまろやかになるとの評判のあれである。要するに、自宅でも瓶焼酎のようなまろやかな焼酎を楽しんでみましょう、ってことですかな。
最後になりましたが、幹事の皆さん、わざわざ駆けつけてくださった皆さん、必ずしも全員の参加目的は一致しない(?!)との噂も聞きましたが、それがどうであれ、皆様に深く御礼申し上げまする。そして、どうぞ、みなさま、これからも
ワキワキ < (^o^)> v(^-^)v < (^o^)> v(^-^)v
で、よろしくですm(_ _)m
なに?上のAAがワキワキに見えないって??
今朝の朝食、納豆巻である。
海苔とご飯の間に、さらにご飯が入っていた。
実に変。
一応、この部分は取り除いた上で、いただいた。
島忠・大田千鳥店に行ってきた。
1階がいわゆるホームセンター(DIY)となっており、2階には家具売り場。駐車場も広くて(立体)使いやすい。洗足住民(大田区民)御用達のホームセンターになりそうだ。
1号沿いだが、環八からアクセスするのも手だろう。「区民プラザ」を過ぎたところを左折し、ごにょごにょと行けば着く。帰りは1号→環七で完璧だ。
2006年沖縄の旅は、日本最西端に端を発した。旅の5日目、今度は日本の最南端へ向かうことにした。
実は、国土地理院が定める“日本最南端”は、東京都の沖ノ鳥島(おきのとりしま)。しかし、人も住んでないし、あまり現実的でない。もし国土地理院を基準にすると、日本の最北端は択捉島(えとろふとう)ということになっちゃう。んなの、現実的じゃないじゃん。ということで、半ば強引に、ここ波照間島(はてるまとう)が日本最南端ということにする。というか、皆もそうしている。“有人最南端”と表現することもある。
南の端にあったもの。
正直書いちゃうと波照間の島民に悪いけど、正直なところ、最西端ほどの感情は芽生えなかった。第一に、そもそも疲れていたし、実はまだ二人の間がちょっぴりギクシャクしていたので、感情的に乗らなかったんだろうと思う。それから、人が多かったのも、興を冷ました理由の一つだろう。加えて、妙に石碑が多いのも、考えものだった。“日本最南端平和の碑”・“日本最南端之碑”・“波照間の碑”・“日本最南端”と書かれた石碑…。でも、行って良かったと思う。最南端に行った満足感は残っている。もう一度行くか?と聞かれると疑問だが…。
今は夏なんだぞ。
波照間島観光では、自転車一周が最もポピュラーなようだ。我々も、昼の便で上陸すると、港近くですぐに自転車を借り、一周コースに挑んだ。16時半の帰りの便に乗らなきゃいけないので、一気に約半周して最南端を制覇し、残りの時間でもう半周した。
最南端を後にすると、プラネタリウムがあったので、一応入ってみたところ、なんと拝観料をとるらしい。窓口でお金を払うと、竹富町長宛の申請書か何かに捺印して、入管を許可された。そこで3つ思ったのは、①そうかここは竹富町なんだ、②石垣のホテル近くに竹富町役場があったな、竹富島でもないのに、③いつまでも書類のお役所仕事してるから無料にならないんじゃなかろか。③はちょっと後ろ向き…疲れてたんだな。入ってみると、夏なのに、春の星しか紹介してくれない。夏のボタンを押しても利かないのだ。冷風を浴びると、すぐに出てきた。
波照間名物、人懐っこいヤギ。
プラネタリウムと空港の間で、ガイドにも書かれていた“ひとなつっこいヤギ”に遭った。たちまち我々を囲んだかと思うと、去っていった。
無人駅ならぬ無人空港?!
波照間空港に着いた。ターミナルが駅みたいに小さい。中には、待合のための長いすが幾つか並べられていて、シャッターの閉まった小さな売店の前には自販機があった。長いすには、到着を待つ子連れの家族。壁の掲示板には、1日に2便のフライトスケジュールが書かれ、次は約2時間後の15:40。子供たち、待ちくたびれちゃうね。
変なとこ。ぶりぶち公園。
地図に載ってたので寄ってみたら、変なとこだった。城(ぐすく)跡らしいが、公園として作り直しておきながら、途中でやめちゃったらしいことが、どこかのサイトに載ってた。確かに、階段も途中までしかなかったし…。
西の浜。
波照間のしめくくりは西の浜。白い砂浜とエメラルドの海。水を浴びたり、水に浮いたりしていると、いつのまにか二人の間のギクシャクも修復された。最後は泳いで競争したっけ。水中メガネを持参しなかったのは後悔。
西の浜で泳いでいると、セスナ機が飛んできた。空港で待っていたあの家族が乗ってるんだろう。まるで島を遊覧するかのように、ゆっくりと旋回して、飛び去った。今度もしここに来るなら、あれを利用したいな、そう思った。
幻の泡盛に遭う。
西の浜から大急ぎで港まで戻ってきたが、予想より近く、船まで少し時間があった。ターミナルに入り、お土産に黒糖でも買おうかと売店行くと…そこにはガイドに“波照間でもなかなか目にしない幻の泡盛”と書いてあった“泡波”に遭遇した。ただ、お土産用の小さいやつだった。とりあえずそれを手にして、見回してみると、700ml程度の大きさのものも発見。ところが、黒糖やら写真やらとセットで3000円、とあった。出た!抱き合わせ販売だ。「ねぇ、ばら売りしてくれないの?」「セットですよ」とか店員と交渉していると、後ろから別のカップル登場。「おお!やっとあったぞ!何?抱き合わせ?まぁ、何でもいいや。」とか言いながら、残っていた全ての泡波をかっさらって行った…。おお、あぶな、一つ持っててよかった。(写真は帰ってから撮影)
ということで、日本最南端には“幻の泡盛”があった…。
残るは東の果て。
実は最北端はこないだ行ってきたので、これで残るは最東端ということになる。やはり、国土地理院の定める南鳥島(みなみとりしま)は無人だし、そもそも一般人は上陸できないそうなので、実質的には北海道の納沙布岬(のさっぷみさき)ということになろう。
なんて書いてたらWikipediaが総括してくれていた。やっぱ凄いぞ共有知、Web2.0…。
日本一の一覧 - Wikipedia
旅の疲れ。
沖縄に来て4日目。与那国で2泊して、石垣に戻って1泊したら、翌日は西表へ。
たいがい疲れも溜まってきていた。喧嘩の一つもしますわな。発端はとんとんみ~ツアーの帰りの船。んなの、詳しく記録してもしょうがないからやめとく。
独り旅。
石垣のホテルに戻ると独り、外に出た。気晴らしに散歩でもしよう。お互い疲れてりゃ、少し離れるのがいいでしょ。実はこの考え、かなりまずかったらしいが…。
石垣には至る所に赤い花。ホテル近くの公園にもあったので、接写レンズで撮影してみたりして。帰ってきたら、洗足の東急ストアにも売ってた。“サンタンカ”という名だということが判明。
交通ルールが日本に復帰した日、730(ななさんまる)。
石垣で、日よけに買った帽子には“730”と描いてある(写真の石碑の上)。730交差点のデザインだ。沖縄は1972年5月15日に日本に復帰した(by Wikipedia)が、まだ車は右側通行のままだった。それが1978年7月30日(by Wikipedia)に、左側通行にかわった(戻った)。それを記念して創られた石碑(写真)があるため、730交差点と呼ばれるらしい。まぁ、恐らく、当時は大々的に宣伝したんだろうね。でないと、街中大パニックだもんな。
シーサーが守る家々。
なんとなしに、宮良殿内(みやらどうんち)に近づいていくと、家々が沖縄らしくなってきた。低い屋根にはオレンジの瓦。そして門にはシーサー。宮良殿内は外から眺めるにとどめ、中までは入らなかった。宮良殿内の前には、素泊まり宿があって、ちょうど女性のバックパッカーが訪ねてきたが、満室だったようだ。この時期、さすがに混んでるようだ。
みやらどぬじぃ。
翌日、なんとか仲を取り直した二人は、船の時間まで辺りを散策した。この日は、重要文化財に指定されている宮良殿内を拝観してみた。ガイドには“みやらどうんち”って書いてあったけど、中の看板には“みやらどぬじぃ”とあった…。
目の前の宿は、素泊まり客をお断りする程の賑わいなのにもかかわらず、宮良殿内はひっそりとしていた。沖縄は海目当ての客ばかりなのだろうか。
お陰でゆっくりと、拝観し、まるで昔の琉球國にいるかのような、そんな空気を味わうことができた。ま、推測に過ぎないのだが。植物と岩で飾られた庭園や、頭職が使っていた帽子や名刺なんかを見ることができた。
バラス島を後にした一行は、およそ100匹のイリオモテヤマネコが生息するという、西表島本当に上陸した。バスで昼食会場に移動する途中に出迎えてくれたのはイリオモテヤマネコ。って、実は「動物注意」の標識なのだが、イリオモテヤマネコが飛び足した!という絵だったの。確かに、地球上に100匹しかいない生物の1匹を轢いてしまったら、大変なことだ。(移動中で写真がブレた…残念無念。)
紅樹密林に入る前に長命草。
昼食は“レストランかたな”というところで、沖縄料理満載弁当をいただいた(勝手に命名)。ビビる大木似の店員さんに、弁当の中身について詳説していただいたのだが、もうすっかり忘れてしまった。だって、実際にこの投稿を書いてるのは9月9日だもん(おお、もうすぐ1ヶ月経っちゃうぞ!投稿日時は当日に修正)。なんだったかな。ゴーヤチャンプルーにミミガーに、豚のなんちゃらに、パパイヤの煮物(写真の中央下)に、長命草。味噌が付いてるの(写真中央上)も、パパイヤの隣の葉っぱ(写真右下)も、長命草。食べると一日長生きできるとか。この昼食で二日のライフをゲット!
主(ぬし)に挨拶。
昼休み。レストランの目の前の浜で散歩していると、バスのおじさんが浜を掘り始めた。浜には至る所に穴がある。その穴の主に挨拶するというのだ。やはり地元の人は色々と楽しみを知ってる。同じツアーに参加していた子供たちも寄ってきて、穴の主に挨拶していた。
いよいよマングローブの森へ。
ツアーはいよいよマングローブの森へ。待ってましたぁ!ライフジャケットを着て、オール持って、ちょっとだけカヤックの練習してと。それからカメラ持ってと。え?カメラは防水じゃないとダメ?置いてけって?そんなぁ…。
ということで、左の写真は、カヌーツアーが終わった後に、あわてて一人で森に戻って撮った写真。この先にカヌーをした川が広がっていた。右の写真は、同じ川をバスから撮影したもの。
とんとんみ~ツアー。
森に入ると、左上の写真のような感じ。潮が引いたのだろうか、土(というか泥)は少し湿っていて、その上に沢山のマングローブが生えている。マングローブの葉が木陰を作り、沖縄の強い日差しを遮ってくれる。こんな快適空間に生き物がいないわけがない。大勢のカニやハゼの仲間が、我々を出迎えてくれた。
そう、この“ハゼの仲間”(ミナミトビハゼらしい)が“とんとんみ~”(トントンミー)だ。二つ前の投稿にも書いたが、地元の言葉で“ぴょんぴょん跳ねる”という意味。ツアーで最初に教えてもらったこと。内地(本州)では見られない様々な自然や言葉を教えてもらえるところがツアーの良さ。
さて、カニやトントンミーの周りに、マングローブの幹とは違う、何やら植物らしきものが見える(左上の写真参照)。良くみるとそれは、土から出てきては、また土にもぐっていく…。実はこれ、マングローブの根っこだそうな。膝根(しっこん)と言うらしく、塩分をろ過しているらしい。マングローブには、膝根の他にも、呼吸根(こきゅうこん)や筍根(じゅんこん)、板根(ばんこん)と呼ばれる特殊な根を持つものがあるらしい。ちなみに、これもツアーガイドに教わったのだが、マングローブというのは、海水と淡水が混ざるような沿岸地帯に生息する植物群の“総称”だそうな。100種類位あるらしい。つまり、マングローブと言った時に、特定の一種類を指すのではなく、100種類の植物を指しているわけ。動物で言えば“イヌ”とか“ネコ”と言っているようなものかな。
すいすいカヤックでいこう。
さて、マングローブの木陰を抜けると、川が広がる。いよいよカヤックの登場だ。オールをカヤックの上に置き、カヤックの両端を両手で押さえ、若干外側の手に重心を置きながら、さっとお尻から飛び乗る。二人乗りカヤックは前の人から乗る。丁寧に教えてくれたので、難なく乗り込む。オールを回してマングローブジャングルを進む。カヤックは抵抗が少なくとてもスムーズ。漕いでもなかなか進まない池のボートを思い出しては、いい気になる。でも、二人の意気が合わないと、オールがぶつかることも。いい気になりすぎてもだめだ。抵抗が少ないので舵取りも楽。前に乗っている人もご機嫌のようだった。
楽園。
カヤックでしばらく進むと、ツアーはカヤックを置いて、森に入る。そこは生き物の楽園。そして、楽園の女王が皆を迎えてくれる。そう、オオゴマダラだ。彼女らは(勝手に女性化^^;)、本当に優雅に飛ぶ。ヒ・ラ・・ヒ・ラ・・ヒラヒラ・・ヒ・ラ・・・。まるで優雅に戯れている天女達。ガイドによれば、幼虫時期に食べる植物の毒が体内に蓄積されているため、天敵がいないんだとか。だから見せびらかすように飛ぶ。“優雅”を感じた。(しかし、防水写るんです。がショボくて残念。次回は絶対カメラを持ち込む!)オオゴマダラの詳細はWikipediaがよかろう。
他にも様々な生き物が見られた。まずトカゲを発見。尻尾を掴んでも、尻尾が切れない。木から木へ飛び移る際に、尻尾でバランスをとるんだとか。そりゃ、切っちゃまずいわな。
それから、木の幹の上に細く伸びた土。実はシロアリのトンネル。壊してみるとその中をシロアリの大群が大行進していた。すぐに補修作業に取り掛かり、数十分でトンネルは元通りに。このシロアリ、実は蟻ではなく、古くはゴキブリと先祖を同じくしているとか。そうガイドに教わってから良く観ると、確かにゴキっぽかった。
おんなの時代?否、おんなの世界。
左の写真は日本最大のクモ“オオジョロウグモ”を写した…はずなのだが、ここでもショボカメラが、逆光の助けも借りて、その威力を発揮。クモの巣らしき糸がいくつか見えるが、肝心のクモが確認できない。これかな?と思うのはあるけど…。なお、メスは足を広げると手のひらほどもありそうな感じだったのに対し、オスは、米粒程度だった…。これにはホントわろた。生き物の世界はこうなんですわ。
シオマネキ、またね。
帰り道、川岸の泥の上で、シオマネキの大群が迎えてくれた。己が小さき頃、父に教わった記憶あり。そう、片方のハサミが異様に大きく、それをコックリコックリと動かすカニ。まるで“こっちに、おいで、おいで”と、潮を招いているかのようだから、“潮招き”。“またね”と挨拶しているようにも思えた。写真撮れなかったので、脳裏に完全記録。
ちなみに英語では“fiddler crab”。“バイオリンを弾くカニ”というわけだ。見方は色々あるわな。
また来たい。
とんとんみ~ツアーは「最も過酷なツアーだ」って、ビビるは言ってた。でも正直言うと、自分には物足りなかった。もっともっと、カヤックで移動したかったし、森も奥深くまで探索したかった。一時間程度の水遊びの時間があったけど、そんなのいらなかった。長野のキャニオニングに比べれば、子供の水遊び程度。自分には不要だった。小学生位の子連れの親子がいたが、その位が丁度いい感じかもしれないと思った。
そいえば思い出した。ツアー客の中に、中学生の父子らしきペアがいた。中学生と言えば色々と難しい時期。やはりその子も少し照れてる感じで、ツアー前半は、お父さんが声をかけてもあまりいい顔をしなかった。でも、自然と戯れるうちに、自ずと笑顔が出てきた。自然には、こういう効果もあるんだな、と思った。
西表は泊まりで再挑戦だな。夜の西表も見たいし。
いよいよ沖縄西表はバラス島の水面下へ。
水面下。
前回の失敗を生かして、今回は水中カメラを持参したぞ。しかも、試験をパスして浮き袋着用も免除され、かなりいい気になった。水中に潜っては、写真を撮りまくった。ところが、シャッターを押してもシャッター音がしない。撮れてんのかなぁ、と少し不安になったりしたが、どうやらそういうもんらしい。
青い魚だ!蝶々魚だ!ウミヘビだ!
1枚目は目の前いっぱいに群がる青い魚たち…のはずだったが、なんだこりゃ。2枚目は蝶々さんのつがいが、一応は写っている。よ~く目を凝らせば、他にも黒だの黄色だのと魚が写っているのがわかる…。3枚目のウミヘビに至っては、ピンボケ&ブレでよくわからない写真になってもうた。写真の中央下あたりに写ってるのがわかるだろうか。
ここからは旅行後のお話―――現像を終えた写真を、楽しみに開けてみると…ううっ…「写るんです」はやはりショボかった…。ピンボケ、ブレ、露出不足…。うーん、悲しい。
今回初めて、写真の現像時にCD焼付けも同時に依頼した。ちょっと感心したのは、写真にデータが付与されていたこと。現在のほとんどのデジカメなら、撮影した写真に撮影した日時やカメラの種類が記録される。Exif(Exchangeable Image File Format)と呼ばれるらしいが、あれがフィルムカメラで撮影したJPEGファイルにも付いていたのだ。カメラの種類は“NORITSU KOKI QSS-32_33”…って、カメラじゃないやん!どうやらCD焼き付けを行った業者のスキャナがExifを記録したようだ…。なんだ紛らわしいっ!確かに、撮影日も22日とかなってたりして。実際には14日じゃいっ!
話を水中に戻そう―――あっちにいっぱいいるぞ!
その先には、本当に多くの魚がいた。でも、魚の数に比例して、人も多かった。やはりいいものには人が集る、これは水中でも避けられん。潜る前に見た人の群れの理由はこれだったのだ。
そして、自慢の水中カメラで、その美しい光景を撮影した…はず、だった…が…。結果はこんなもん。よ~く見ると、確かに魚らしきものがあちこちにあるんだけどね…。う~ん、悲しい。来年はExilimを水中に持ち込むぞ!ん?来年?
最後に、スノーケルを装着した凛々しい二人を公開。しかし、実は、アップにして見ると…誰やねんこれはっ!!顔で特定できないなら、公開してもいいか?!と一瞬思ったが、これはあまりに恥ずかしいからやめとく…。
マングローブを紅樹林と言う。ジャングルを密林と言う。だからマングローブのジャングルを紅樹密林と言う、かどうかは定かではないが、石垣の2日目、旅の全行程における4日目、一行は西表島に渡った。
(写真は空から見た西表。与那国から石垣に戻る飛行機より。まるで西表を見せびらかすかのように、何度も旋回し、すっかり魅せられた…。)
とんとんみ~ツアー。
西表では是非アクティブに行きたい、と思った一行は、午前は西表島沖のバラス島なるところでシュノーケリングが出来て、午後にはカヤックで西表島探索が出来るという“とんとんみ~ツアー”に参加することにした。なお、”とんとんみー”とは“ぴょんぴょん跳ねる”という意味で、ミナミトビハゼを指すらしい。実際、マングローブの森の土の上を、ぴょんぴょんと飛び跳ねていた。ところで、ツアーって、普段はあんまし好きじゃないけど、西表の自然についてはガイドの教え無しにはありえないと思った。
ちなみに、石垣から各島へのツアーは、石垣港の“離島桟橋”から船でアクセスする。だから、ホテルはここに違いほどいい、という考え方もある。あるいは川平位まで行って、リゾートでのんびりするのもいいのかもしれないが…。なお、こんなカッコイイ船には乗る機会は無かった。
珊瑚が創った白い島。
ツアーの一行はまずバラス島に向かった。着いてみて初めて、死んだ珊瑚が白くなって、細かい砂利状となり、山積みされて島となっていることが確認できた。確かに、辞典で調べると、バラスとは“バラストの略”で、バラスト(ballast)とは“小石(じゃり)・砂礫(されき)”などとあった。少し違うけど、珊瑚が砂礫状になっているので、バラス(ballast)と呼んでいるのではないか(何を確認したわけでもないが)。
さて、ここでシュノーケリングをしようってわけだが、まず与那国と違ったのは、救命胴衣が義務だってこと。素朴な与那国では“勝手にやってね”という感じだったが、西表はよりビジネスとしては洗練されてるというか、逆に言えば冒険したいお客にとっていいことはないのだが、そういうことになっているようだ。あんな浮き袋を着けたら、ろくに潜れやしないじゃないか、ということで、救命胴衣を外すための例外手続を踏むことにした。つまり、適正試験を受けるわけだ…。っと言ってもなんてことはない。シュノーケル・クリアーと立ち泳ぎが、普通にできればいい。難なくクリアーできた。それともう一つの違いは、異様な混みよう。でも、結果的にこの混んでいる辺りに魚が沢山いることがわかった。行列の出来る地帯、というわけだ。
生きた珊瑚は色鮮やか。
西表では、与那国でのシュノーケリングでは見られなかった青い珊瑚が沢山みられた。枝珊瑚にテーブル珊瑚…。もっと細かい名前があるのだろうが、総じてそう呼べるような形の珊瑚が多かった。なお、写真は、船底のガラス越しに撮影したもの。西表島の上原で乗り換えたツアーボートがグラスボートになっていた。
写真(←)にある通り、箸には「閣萊蓬―理料鮮海華中」とあったが、どうやら右から読むようだ。中華海鮮料理―蓬萊閣…与那国から石垣に戻ってきて、最初に入った食堂(レストラン)である。
ホテル近くの気前のいい中華。
“格安ホテル”なんて書いてしまって失礼なことをしたと思うほど、まともでとてもいいホテルだったホテルルートイングランティア石垣。そこから一番近くの中華料理屋(ラーメン屋除く)が蓬萊閣だ。グランティア石垣から桟橋方面にあるいて、最初の大きな交差点の右手前の角にある。
一言にして、とにかく“気前”が良かった。最初の写真の野菜とオレンジジュースもサービスなのだ。加えて、デザートにはドラゴンフルーツ・パイン・アップル・オレンジ…これもサービス。今時珍しいよね。
昼食時にもかかわらず、出てきたのはいずれも本格的中華料理で、総じて、どれも美味しかった。中でも、中華麺に入っていた軟骨ソーキが忘れられない。とにかく柔らかく、なんとも表現しがたい歯ごたえだった。
となりの爺(おやじ)が姉妹店?!
閣萊蓬のすぐ隣には“琉球の爺(りゅうきゅうのおやじ)”という居酒屋がある。結果的に、三日三晩お世話になり、思い出の店となった。なのに、店構えの写真を撮り損ねた。ということで、Y!グルメの写真を拝借してみたが、どうも店構えが違う。恐らく住所も変わってるので、この写真は前の店のものなのだろう。とにかく、場所は閣萊蓬と同じ角だ。
何を根拠に姉妹店かって?だって爺の店で、となりの中国料理オーナーらしき人を見たし、トイレも共同だったもん。
塩寿司。
そこでは、琉球の爺がその場で寿司を握ってくれる。何しろ一番のお勧めは“塩寿司”だ。というか、実際には店の勧めに乗ったわけだが、本当に美味しい。カジキを“石垣の塩”にちょこっとつけて食べる。さっぱりして、まさにHealthy food Sushiという感じだ。塩の皿と、焼酎グラスの青が素敵だ。塩はアップにすると、こんな結晶になってる。一般の食用の塩とはわけが違う。ちなみに爺さんと寿司の写真は、最終日のもの。以下の①~⑦までは、初日の晩にいただいたもの。
①②③④⑤⑥⑦⑧⑨
①まずからしてお通しが美味しい。写真を撮る気になるほど。②塩寿司。もはや言葉は不要。③グルクン唐揚げ。外のパリパリ感が、中のさっぱり白身とマッチして美味。④アダン新芽の天ぷら。ヒット商品。三日三晩頼んだ、つまりロングラン。アダンってどんな植物?って人→西の端で出会った生き物たち。の②まで。⑤ナーベラーチャンプルー。ヘチマと豆腐のチャンプルー。柔らかく、少しトロミがあって、絶品。⑥寿司盛り合わせ。塩寿司とはネタが違う。塩で食べても美味しい!⑦石垣そば(?!)。やっぱり紅生姜が入ってる。ちなみに与那国そばは男性的な島、与那国。まで。⑧最終日にいただいた貝。うう、何貝?⑨ハリセンボン。食べるな危険。
名残尽きず。
とても名残惜しく、最終日は閉店までいすわってしまった。爺(おやじ)さんが寿司カウンターのガラスケースを洗ってる横で、最後まで残った現地の方々と、何やら色んな話で盛り上がる。そのまま彼らと別の店に行っちゃったりして。二人とも、いい酔っ払いだった…。
店のオーナー、実は女性主人なのだが、とても優しくしてくれた。とても楽しい店を紹介していただいたし(後述予定)、サービスもいっぱいしてもらった。終いには腕まで組んでくれた。
どうもありがとうございました。また行った時は、どうぞよろしくお願いいたします。
追伸:爺の店で再会を果たしていた。そう、かつて満開の地で出会った“山頂の主”だ。
行儀の良い牛たち。
日の出を見終え、東崎(あがりざき)展望台から駐車場に戻ろうとすると、その道は牛だらけだった。彼らは、朝日が上がると起き上がり、草を食べながら少しずつ、展望台の方から陸の方へと移動していくようだ。駐車場への道は、人だけの道ではないのだ。しかし、彼らはとても頭が良く、人や車が通ろうとすると、立ち止まってじっと待つ。実に行儀の良い牛たちだった。ちなみに、陸方面には風力発電のプロペラがある。いつか自分もどこかのプロペラに名を刻むぞ。
立神岩。
東崎の近くには、観光スポットの一つ“立神岩”がある。ガイドブックを見ても何も思っていなかったが、行って見たらわかった。ははん、確かに“立神”だ。今後とも一つごひいきに。
ガイドブックに載ってないスポット。
ガイドブックで観光スポットになっていないとこに行くことにした。地図上に“NTT鉄塔”と書いてあるところ、つまり“宇部良岳”山頂だ。地図によれば一本道。その道は、進むにつれて道幅が狭くなり、終に軽自動車でもギリギリいっぱいになった。Uターンするスペースがあるかもわからないままに進むには、それなりに勇気か若さ(?!)が必要だったが、どうやらどちらかが備わっていたようで、無事に頂上にたどり着いた。そこは絶景のビューポイントだった。ゴマダラカミキリみたいな虫がNTTの看板にとまっていたりした。“行ってみたらそこに何かがある”の法則はここでも成り立った。なお、接写レンズに換え、写そうとした瞬間、彼は飛んでいった。もう一人の人が写真に納めているので、そちらのアップを楽しみにしよう。うう、そういえば、自分だけ撮影できたのを喜び、ガッツポーズしてたっけ。思い出してしまった…ぶ~っ(`ε´)
古墳並み?
朝食をとるために宿に帰る途中、「行ってない道で帰ろう」とか言って、別のルートで帰ってみる。祖納地区の南側を通らずに、北側に出てみると、そこは“浦野墓地群”だった。そこの墓石はどれも大きく、“前方後円墳”ではないものの、そういった名前がつきそうな感じさえした。その日はたまたま、墓地群の目の前に、2隻の軍艦が停泊していた。後になって“西レンタカー”の人から、自衛隊が来ていると聞かされ、自衛隊のものだということが確認できた。
見納め。
朝食を終えると、フライトまで少し時間があったので、最西端とその付近の町にお別れを告げに行った。最西端の商店“大朝商店”(右の写真)には大変にお世話になった。いつも涼しくて助かった。ボンカレーは売れてないようだったが。漁港を覗いてみると、何かが水揚げされていた。カジキだろうか。それなりの大きさだった。
時間が余ったので、役場にもよってみた。それから近くのスーパーに入ってみた。普通に色々と売っていた。お酒のところに“舞富名”を見つけたのパシャリ。
飛行機が離陸し、与那国が小さくなっていった。「今度は遺跡を見るぞ」という気持ちで、新川鼻の岬を撮影。それから、初日の着陸直前に撮影した、最西端“西崎”と“久部良”の町も掲載しておこう。ちょっと準備が遅れて、窓が邪魔な写真になっちゃったけど。
最終日も、日本最西端の空は青かった。天気に恵まれたことに感謝。色んな出会いにも感謝。
日本で最後に沈む夕日。で書いたとおり、ここ与那国では
日本最西端なのだから、西の水平線に沈む夕日を見れば、それは日本の誰よりも遅くに沈む夕日を見たことになる
わけだが、逆に朝日はどういうことになるのだろう。少し考えてみて、結局
日本最西端なのだから、東の水平線から昇る朝日を見れば、それは日本の誰よりも遅くに昇る朝日を見たことになる
ってことだろうと結論付けておいた。いいかげんなものである。
ということで、東崎(あがりざき)に行ってきた。なんと朝の5時に起きた。普段からすると考えられない出来事。宿を出た時、辺りは真っ暗。祖納地区を過ぎてしばらく進むと、少しずつ空が明るくなってきた。到着した時は、もう空の色がすっかり変わっていた。駐車場から岬の展望台まで、あわてて走った。まだ足元は暗かったが、どうやら牛の糞が散在しているらしいことがわかったので、必死によけた。ベストは尽くしたはずだ…。展望台に着いてみると、まだ余裕があった。落ち着いて見てみると、灯台の上に降りてきた宵の明星(金星)を見つけた。そして、海の後ろから“後光”が射してきた(左上の写真)。朝日は出る前が素晴らしいと思う。カメラの時計によれば5時45分らしい。
それは突然に。
結構待った。6時を過ぎても日は出てこないので、「また、水平線ではなく、雲の上から日が昇るんだろうか…」そんなあきらめムードが辺りを覆い始めていた。しかし、朝日は、我々のムードを裏切って、突然、水平線から現れた。本当に突然の出来事で、一発目の写真は設定がうまくいかず、ボケてしまった…。
最初の写真が06:16:48で最後の写真が06:19:07なので、出始めてから出来るまで、わずか二分と少し。日は、出始めたら早い、沈み始めたら早い、ってみんな言うし、経験的にもそう思ってたけど、実際の時間がわかったのは今回が初めて。デジカメの良さはここにもある。
別に連続写真を取るつもりはなかったのだが、絞り&シャッタースピードや、構図などの勉強の為に、沢山撮ってみた。こういうデータが残るのもデジカメの良さ。今度に活かすべし。
photo
name
time
Exposureシャッタースピード
Aperture絞り
Focal Lengthズーム
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なお、与那国島では東崎・西崎をそれぞれ、“あがりざき”・“いりざき”と読むが、そうそれはまさに太陽が“あがる(上がる)ところ”と“いる(入る)ところ”を示しているわけだ。
(太陽が水平線から出ようとする時、まるで水面張力が働いているかのように、水面に足を伸ばす太陽がいい。)
与那国の過酷な自然環境の下でたくましく生きる動植物。彼らとの出会いは常にexciting!!でした。
植物編
①②③④⑤
左から、①無人ビーチで見つけた、緑の実をつけたマングローブ風植物。②最西端に行く途中で見つけた、パイナップルみたいな実をつけた南国風植物。後にアダンということがわかった。新芽の天ぷらがまいうぅ!③日本最西端の碑の周りにあった、ちょっとグロテスクな実をつけた南国風植物。沢山のビワの実を飲み込もうとしている巨大食虫植物みたい。④民家の軒下に咲くハイビスカス等の南国風の花々。⑤空港近くの畑の脇に咲いていた、眩しいほどに赤いハイビスカス。
動物編
①②③④⑤⑥⑦⑧⑨⑩⑪⑫⑬⑭⑮⑯⑰⑱
左から、①宿の天井で出迎えてくれた蜘蛛。結構大きかった。②久部良漁港になぜか白馬。③ナーマ浜のヤドカリ。④最西端の灯台まで電気と電話を届ける電柱の横を飛ぶトンボ。⑤「日本で最後の夕日が見える丘」で見つけたカニ。人間の手ぐらいの大きさはあったかな。動きは鈍い感じだった。⑥空港から馬鼻岬にかけて広がる北牧場と、南の海岸線に広がる南牧場で、我々を出迎えてくれた与那国馬。⑦そして、両牧場から日本各地の牛肉の名所に売り飛ばされる予定(?!)の牛たち。⑧青い写真は海亀。生来初めて野生の海亀に遭遇して大興奮。馬鼻崎の上から200mm目いっぱいで撮影。⑨Dr.コトー診療所前の浜で見つけた白いカニ。カニ走りで逃げる姿が愛らしい。⑩宿近くの久部楽漁港で、海亀に再会。足のすぐ下に見えたので、興奮は最高潮。良く観れば熱帯魚も見えた。⑪近くの岩場には、ハゼの仲間とカニ。⑫バケツに入っているのは、シュノーケリングでツアーの船長が釣ったイカ。⑬赤い写真は、カニではなくヤドカリの一種、ヤシガニ。赤色なのはゆでたためで、生きてる時は青いらしい。ゆでても青いと毒有りらしい。その他、海の幸と山の幸であふれる島。参照のこと。⑭朝日で目覚めた東崎(あがりざき)の牛。⑮「よっこらせ」っと、勢いをつけて起き上がる。ブレは残念無念…。⑯アヤミハビル館の前にはヤギ。会館前だったので、日本最大の蛾、ヨナグニサン(アヤミハビル)は観られず残念。⑰最終日に再び立ち寄った最西端の地で出会った、食事中のトカゲ。⑱そして、同じ場所で出会ったトンボ。
海に囲まれた与那国は、海の幸で豊富なことは容易に想像がつく。例えば、カジキの刺身やグルクンの唐揚げは定番で、いつも美味しい。お寿司のネタにもカジキは必須という感じ。もちろん海塩も有名だ。
しかし、それだけじゃない、山の幸も想像以上に豊富なのだ。
三大酒蔵巡り。
まず、本格焼酎“泡盛”。この島には、世界に名を轟かせる酒造会社が3つある。何?泡盛が山の幸かって?だって米から作るじゃない(強引?)。ちなみに、タイ米が多いらしい。何?世界に名を轟かせてるかって?試しにググってみてよ。
ということで、3つの酒蔵を一手に引き受ける祖納地区に足を運ぶ。こんな小さな島の小さな町の3つ酒造会社がいずれも有名なのは、恐らく、ここが日本で唯一60度のお酒の製造を許されているところだからだろう。
さて、最初に見つけたのは、最も有名な“どなん”擁する“国泉泡盛合名会社”。色んな種類の“どなん”で溢れていた。
次に“舞富名(まいふな)”擁する“入波平酒造”を見つけた。ところが店舗は見つからなかった。後で思ったが、ここは古い工場でもう使ってないところなのかも。確かに“舞富名”の看板は他にもあったな…。
最後は“与那国”擁する“崎元酒造”。ところが看板が錆びてて、店舗にも入れない。引窓のところに移転のお知らせがあった。その地図を参考に移転先に行ってみると、そこには白い巨大な工場が…。恐らく商売繁盛してるのね。もう少し早い時間帯に着けば、製造の様子が見えたらしい。でも、時期によって作業工程が異なるので、自分の見たい工程が見られるとは限らないらしい。
ヤシガニ@国境(はて)。
陸上甲殻類で最大といわれるヤシガニに睨まれた…。
酒造巡りを終えると、ティンダバナに登ってから、夕日を見納め、一行は再び祖納に戻ってきた(ティンダバナは男性的な島、与那国。、夕日は日本で最後に沈む夕日。でレポート済み)。そう、“国境”と書いて“はて”と読む店で“ヤシガニ”をいただくためだ。店に入るとまず目に入るのが、展示用の焼酎瓶とボトルキープの山。奥の座敷に案内されると、自分たちが色紙に囲まれていることに気がつく。前の壁も横の壁も天井までも、有名人や偉い人達のサインやメッセージで埋め尽くされていた。それほどまでに有名な店のようだ。
さて、予約をしていたので、飲み物を注文するだけで、後は何にも心配しなくていい。コースを一気に紹介しよう。
①②③④⑤⑥
左から①カジキの刺身、②ヤシガニ雑炊、③カジキの唐揚げ、④ヤシガニミソたっぷりの軍艦巻き、⑤ゆでたヤシガニ、⑥ヤシガニ出汁でいただく長命草蕎麦。
とにかく大満足だった。雑炊、軍艦巻き、蕎麦汁はヤシガニの出汁がたっぷり。カニのミソ・出汁が好きな人なら、これも好きだろう。そして、このコースに絶妙な合いの手を入れているのが、島の名物の一つ、カジキ。刺身も言うまでもないが、唐揚げも美味しかった。メインのゆでたヤシガニだが、食べ方は基本的にカニと同じ。ただ、甲羅がえらく硬いので、甲羅を割る器具が必要だ。カニってほじくって身を取るまでが面倒、という人は、ハサミの大きい方をいただくといい。ハサミ一つでかなりの量が取れ、食べ得感たっぷり。
さて、山の幸・海の幸に分類すると、山の幸は⑥だけだ、という人がいるかもしれない。しかし、よくよく考えてみると、ヤシガニというのは陸上の生き物。だから、②④⑤⑥が山の幸と言うこともできよう。ま、どちらでもいいのだが。
ところで、とても重要なのは、ヤシガニコースは予約が必要なこと。その日も、恐らく自衛隊員と思われる方々が来ていたが、さかんに“あ~あ、ヤシガニ食べたかったなぁ”とぼやいていた…。すみません、うちら、予約してたもんで…。
ご馳走様でした。
南国、沖縄と言えば、青いサンゴ礁と白い浜を思い浮かべるが、与那国はそうでもない。断崖絶壁や岩場もかなり多い。あるガイドブックは、これを“男性的”と表現していた。
誰もいない岬。
2日目、車を借りて、馬鼻崎付近に来た。だ~れもいない。人っ子一人いない。それがいい。島と自然を体感できる。この付近の海はダイビングスポットとしても有名らしい。亀に会える、って書いてる人がいたけど、我々も目撃した。200mmズームでぬいてもこんなに小さく…。
実は、借りたワゴンR(軽自動車)に頑張ってもらって、牧場内なのか自然なのかわからない地域に入ってきてしまった。緑の絨毯(じゅうたん)の中に薄らと伸びる轍に沿って、半オフロード状態で突き進む。正直、色んな意味でお勧めできない。横転の恐怖をわずかに感じさせるような段差もあったし…。
ちなみにワゴンRは一日半借りても45千円だった。宿付近のレンタカーは出払ってしまったので、少し離れた空港近くの“西レンタカー”で借りた。十数年前に島に来た帝京出身の店長(?!)が「古いワゴンRなら、翌日の飛行機まで貸してあげる」というので即決した。ちゃんとナビもついてたし。ちなみに、たまたま甲子園は帝京戦だった。
Dr.コトーが愛した海へ。
多分に漏れず我々も、Dr.コトーで有名になった比川浜(ひがわはま)に行ってきた。そこはこんなに美しい無人の浜だった。夏休み時期なので、結構人に会うかなと思ってたけど、ポツリポツリ。やっぱり石垣からプラス2万円/人の効果は大きい!
(テキトーにパノラマ連続写真を撮った割には、まずまずうまく繋がった。雰囲気が伝わるでしょ。)
だ~れもいないので、こんな写真も撮れちゃう。ここが夏休み真っ最中の日本の海だというのだからスゴイ。
え~、なお、恥ずかしながら、Dr.コトーは、与那国に行くことを決めた後に知った。でも多分、この秋に始まるシリーズ第2回は見ちゃうと思う。
与那国の塩。
与那国の物産の一つは塩。Dr.コトー診療所近くに、与那国海塩という“塩工場”兼“塩直売所”がある。残念ながらその日は無理だったが、作る過程を見ることもできるらしい。店の人と話すと「限定品Danは他では入らない」と教えてくれた。“行ってみないと発見できないものが必ずある”っていつも思う。これだから旅はやめられない。それから、Dr.コトーの撮影にまつわる話なんかもしてくれた。撮影クルーがとてもまじめなこと、芸能人を追いかけて押し寄せる観光客、例え芸能人相手でも普段通りに振舞う島民…。こういうコミュニケーションも旅の醍醐味の一つだよね。
与那国蕎麦。
お昼は比川にある「わかなそば」で、沖縄ソーキ蕎麦に似た蕎麦をいただいた。沖縄蕎麦では定番のソーキ肉と三枚肉の他、紅生姜が入ってた。麺は少し太目かな?
久部良漁港で海亀と再会。
遺跡シュノーケルツアーの船に乗るために宿に戻る。少し時間があったので漁港に行ってみる。魚見えるかなと覗いてみると、なんとそこには海亀。足元にいたので、馬鼻崎とは違ってよく見えた。でも亀ってほとんど息をしなくていいようで、たまにしか浮いてこない。少ないシャッターチャンスをものにした!
遺跡、行けず。
ところが、遺跡ツアーは波風が強くて中止となった。代わりに5千円のシュノーケルツアーに参加した。馬鼻崎付近で、2時間近く泳いだ。今にして残念に思うのは、防水カメラを持参しなかったこと。二度と同じ失敗はしないぞ。
とても残念なこと。
シュノーケルツアーの船から発見したとても残念なこと。それは与那国にもあったゴミの山。日本という国は、端から端までゴミで溢れてるというのか…。そんな国にしちゃいかん…。
島人(しまんちゅう)いこいの場。
至る所に湧き水が染み出し、午後は西日が避けられてとても過ごし易く、祖納の集落を一望できる場所がある。
ガイドにはティンダハナタと書いてあったが、現地の説明看板はティンダバナとあった。現地の地図にもティンダハナタとあったりして、どっちがどっちかわからないが、いずれにしてもそんな名前の場所だ。恐らく昔から島の人にとってはシンボル的な場所で、親しまれてきたのだろう。その日も、若い青年等が集まって、何やら話をして盛り上がっていた。とても眺めが良く、涼しくて、過ごし易い感じがした。
この日はなんと戦艦らしきものが見えた。後でわかったのだが、その日は自衛隊が停泊していたらしい。
浦野墓地群からの眺望。左方の山が“宇部良岳”で、右方の岩山が“ティンダハナタ(ティンダバナ)”だ。
そこが日本最西端なのだから、西の水平線に沈む夕日を見れば、それは日本の誰よりも遅くに沈む夕日を見たことになる、というだけの話だ。でも、やっぱりなぜか興奮する。だから、素直に見に行ける。
実は、初日は旅の疲れで寝てしまい、夕飯を食べて「日本最後の夕日が見える丘」にたどりついたときには、夕日は雲の中…。つまり、「日本で最後の夕焼け」を見るにとどまったわけだ。
翌日は早くからスタンバったので、なんとか雲に入る夕日を見られた。残念ながら、水平線ではなかった。でも、海の向こうに台湾を確認できるのは年に十回程度ということを地元民から耳にしたり、雲に沈む夕日の写真を掲載しているガイドブックを発見したり、亜熱帯地域は積乱雲を発生しやすいとか何とかいう怪しい記憶を掘り起こしたりしているうちに、恐らく、水平線に沈む夕日を見るのはかなり難しいのではないか、なんていう勝手な妄想を作り上げ、雲に沈む夕日でも妙に納得していたりした。
ちなみに、雲に沈んだ時刻は19:15前後。水平線に沈むのは、予定だと19:30前後らしい。その時の写真はこれ↓
日本の西の端は遠かった…。もちろん物理的な距離もあったのだけど、それだけじゃない、別のハードルがあった。
徹夜。
出発前夜に職場と家でゴタゴタあって、結局、荷造りを終えたのは3時。6時半羽田発のフライト(これしか取れんかったのだから仕方無い)なので、洗足駅の5:03始発に乗る必要があった。ここまで来ては徹夜しかない。同居人は泥酔しているし…。
おーりとーり、石垣。
与那国島に行くのに必ず立ち寄ることとなる石垣空港に到着。二度の沖縄旅行で覚えた方言「めんそーれ、沖縄」がここでは「おーりとーり、石垣」となっていた。同じ沖縄県と言えど、島によって方言が違うようだ…。ちなみに、宮古では「んみゃーち」と言うらしい。しりとりに使えそうだ。
わーり、与那国。
与那国空港の滑走路はもちろん一本。すぐ横は海。飛行機は止まったら同じ道を引き返す。ロータリーなんて必要ない。石垣でもそうだったが、乗客は滑走路に下ろされる。旅客機からの階段には、日よけがついてるので、残念ながら大統領や首相の気分は味わえない。山手線のどの駅よりも小さいかもしれない旅客ターミナルが迎えてくれた。こう言っては失礼かもしれないけど、無人駅でワクワクする、あんな感じを覚えた。
チェックイン、はいどなん。
宿の人が空港まで出迎えてくれる。島は周囲28km程度なので、どんな宿でも10分程度で着く。ちなみに「はいどなん」とは、まさに与那国を指すらしい。荷物を置いたらいよいよ日本最西端を目指す。目標は、宿から見える灯台。どうやら距離にして2,3kmなので、歩いていけそうだ。地図だとこんな感じ(GoogleMapsでは与那国はサテライトのみだった)。
ハードルは暑さ…だけじゃない。
宿を出たのは13時過ぎ。最も暑さの厳しい時間帯。とにかく日差しが物凄い。それを言葉で表現するのは容易じゃない。それがまた嬉しかったりする。体感したからわかるんだという思いからだ。実は、本気で自分たちの体を心配したほど。かなり意識して定期的に水分を補給した。久しぶりに自然の強大さを思い知った。
夏休みのど真ん中なのに、人とはほとんど会わない。いや、この暑さだから、当たり前なのかも。気づけば、地元の人を外で見かけない。すれ違ったわずかな人のほとんどは観光客。そして子供。白いビーチもほぼ無人。
ハードルは暑さだけじゃない。この旅行の直前に手にした一眼レフ。これを持つと、色んなものに興味が出てしまう。しかも、そこには色んなものがありすぎた。
なぜかカジキの水道(どうやらカジキ釣りで有名なとこらしい)。なぜか白馬。なぜかボンカレー。そして美しい自然。
14時58分、日本最西端に到着。
そこにあったもの?多くの興奮がそこにはあった。
日本最西端の売店で3種のボンカレーを発見して興奮。変わった動植物に遭遇して興奮。お昼のお弁当とORIONビールでまた興奮。そして、透明な波、白い砂、やどかり…それらだけでとっても興奮できる。しかも、観光客がうようよしていることもないから興ざめしない。子供にかえれる。自然にかえれる…。
そして、厳しい自然環境の中、強く美しく生きる島民の姿。みんな、笑顔が素敵に見えた。
与那国…一言にすると「自然と人間とが、静かにゆっくりと、でも力強く共生する…そして、何やら懐かしい感じのするところ」でした。かつて自分が、美しい自然や生き物に囲まれて生きていたことを思い出したりもした。
(上の写真は、最西端の岬から見た日本最西端の港町、久部良(くぶら)。ここで2泊した。結果的には、この旅行のベスト1は、この島となった。めずらしく(?!)両名で意見が一致した。)
今年の夏休みは日本の西の端、与那国(よなぐに)島に行ってきた。写真は日本最西端に立つ灯台。
詳細は別に書くとして、まずは旅のプラン中のメモを披露する。
ホテルルートイングランティア石垣
お盆でも一泊1万円を切る格安ホテル。ちょっとビジネスホテルっぽいみたいだけど、どうせ石垣港の近くなら、プライベートビーチなんて期待しないで、利便性でいいんじゃなかろうか。
沖縄県石垣市新栄町21 グランティア石垣 - Google マップ
→後記:実際、石垣の楽しみ方は、桟橋付近の街と桟橋からの島巡りがメインでした。ということで、桟橋近くで比較的安いルートインはお勧め。コンビにも近いし、HISは“ビジネスホテルに近い”と言ってたけど、想像より全然良かった。ただ、桟橋まで15分近く歩くけどね。
桟橋近くにはミヤヒラとか、桟橋目の前のイーストチャイナシーとか、リゾート気分を味わうなら少し離れたロイヤルマリンパレスあたりも候補になったけど、どこも軒並み1万円オーバー。3泊もすると結構な値段になっちゃうよね。
与那国に行きたかった。たぶん往復で二人4万円も払って、しかもダイビングをするわけでもないのに、わざわざ与那国まで行く人なんてあまりいないんだろうと思う。合理的に考えれば“非効率”とか“無駄”とか言われそうな旅だ。でも、そこに何かがある気がした。みんなと違うからいい。自分だけのたびだからいい。そんな気がしたんだ。
→後記:実際、そこには“あった”。詳細は別の記事で。
“5泊にしたい!”、“与那国に行きたい”とか欲張ったので、例えばHISの沖縄と離島の自由旅行とかちゃんぷる石垣島&小浜島・西表島・那覇 3~5日間とかより、普通に航空券を手配した方が安くなることがわかった。格安航空券もほとんど使えなかった…。贅沢な旅だな。
石垣空港のロッカー
石垣空港管理事務所の空港課(0980-82-5007)によると、レストランゆうな(0980-82-7744)が管理しているそうな。電話で聞くと、
コイン投入型
1日を越えると、返却時に延期料金を払う方式
3日であれば、大丈夫(期限はわからなかった)
とのこと。
→後記:羽田で預けた荷物が与那国直行になってしまったため、せっかく仕分けてきた石垣用荷物を預けられず…トホホ。石垣トランジットで預けたい方、ご注意あれ。
参考にしたいプラン。
美ら島物語 母なる島、与那国
実は既に、今年の冬、“どなん”を飲んでいた。戸狩に持ってきてくれた人がいたのだ。rikaさん、こういうことは、よ~く覚えてる。