秒進時歩。
2007/05/31 木曜日 - 02:25:23 by ryoki世の進むのは早いもの。
もうWordpressは2.2まで行ってるらしい。
ちなみにこのサイトは1.5.1かな。
イタリア製のPHP-STATSなんて頑張って使ってたけど
Counterize IIなんていう、いいカウンターもあるらしい。
sasura.orgには設置済み。
ここにも設置しよ、いつか。
でも眠いから、今日はお休み。
世の進むのは早いもの。
もうWordpressは2.2まで行ってるらしい。
ちなみにこのサイトは1.5.1かな。
イタリア製のPHP-STATSなんて頑張って使ってたけど
Counterize IIなんていう、いいカウンターもあるらしい。
sasura.orgには設置済み。
ここにも設置しよ、いつか。
でも眠いから、今日はお休み。
昨今、フットサルで対戦する相手は、ほぼ全員が自分より若い。彼らと対戦しているとしょっちゅう「よく教育されてるなぁ」と、ある意味で感心する。
ある若者が、小生との1対1の局面で、審判から見えないように小生を掴んできた。しかし、次の瞬間、ボールは小生に有利な方向に飛び出した。彼は劣勢になるや、まるで審判にアピールするように倒れた。もちろん小生は、故意に足を掛けたりしないし、引っかかった感じも無かった。そんな事実とは無関係に、彼は“痛いよ痛いよ!”と言わんばかりに地面でもがき苦しんで見せた。そして、“ピピッ!!”と笛が鳴ると、何も無かったかのように立ち上がり、自らのポジションに戻っていった。“おお、これはスゴイな”と感心させられた(スゴイの意味にも色々ある)。
この事件をキッカケに、これまでとは違った視点で彼らを観るようになった。
これは当たり前だが、強いチームはプレー全般が常に冷静だ。そして、スペースが開いたら走る、チームバランスを見ながらポジショニングする等、定石と思われるプレーを坦々とこなしていく。そしてその“こなし”を繰り返す中から生まれるチャンスを活かして得点していく。そして時に、審判から見えないように相手を押したり、袖やパンツをつかんだり、ファールすれすれのプレーも何気なく上手にこなしていく。(すぐにカッと熱くなってしまう誰かさん達とは大違いだ。いや、うちのチームでも本当にうまい連中は常に冷静だが。)
しかし、悪く言うと、まるでロボットだ。確かに、良く観ると中には、言われたとおりの動きを繰り返すだけ、というような選手もいる。考えることをやめてしまっているようにすら見える。
逆に、優秀な選手というのは、定石の動きをこなすことと、またとないチャンスには定石を逸脱することとを、うまく使い分けているように観えた。(これはもう自分には出来ない。練習量・経験量が違うのだろう、と諦めていたりする。自分には「定石の動き」すら課題なのだ。笑。)
そして、こんな仮説に至った。恐らく彼らは、中高のサッカー部で、この一連の動きを坦々と繰り返すよう教育されてきたのであろう。“勝ちたいか?それなら冷静にやれ。坦々とやることをやれ。そしてルールギリギリのこともやれ。”という感じか。
最近の教育によって、日本のサッカーは格段に強くなった。“サムライブルー”をまとった日本代表は、自力でワールドカップに出場し、世界の強豪たちと競り合っている。Jリーグを中心とした社会システムの中で、日本の選手は海外勢と競い、海外の監督やコーチから教育された。その結果、技術力が底上げされ、ファールすれすれのプレーもこなせる一流選手が次々に生まれてきた。これら一連を“日本サッカーは日本経済の力を借りて大きく変革した”として見ることもできるかもしれない。
確かにかつての日本代表は弱かった。ドーハの悲劇よりずっと前の日本代表の映像を見ると、明らかに今と違う。良く言えば“紳士過ぎる”のだ。足をかける、人を掴むなどのファールすれすれのプレーをすることもなく、勝っている時に後ろでボールを回して時間を使うということすら、やってなかった。今では“必要なファール”として理解されている、例えば最後のディフェンダーが抜かれる間際にファール覚悟で足をかける・掴む、といったプレーなど、彼らにとってはもっての他だっただろう。
今にして思う。その時代の日本代表こそ、最後の武士道精神を持つ日本代表だったのではなかろうか。―――幼い頃から“質素倹約に生きよ”、“弱いものをいじめるな”、“文句を言わずに働け、努力せよ”、“嘘はつくな”、“人を欺くことは卑怯”等と教えられ、自らに染み付いた道徳観。それを原動力にひたむきに努力した結果、手にした日本代表の背番号。両親や近所、恩師、多くの仲間から「絶対勝って、ワールドカップに連れてってね」と激励を受けて、故郷を後にする。どうどうと胸を張って予選会場に入場。君が代を歌ってサムライ魂に火をつける。ところが、ホイッスルがなると、美しくない国の選手が、なりふり構わず挑んでくる。卑怯者は、足をかけ、服をつかんでくる。「なんたる卑怯者!」と驚いていると、足元のボールがさっと奪い去られ、自陣ゴールへ突き刺さる。ヘディングで競り合うと、卑怯者の手が指が目に入ってくる。審判に「こんな卑怯なことがあるか!」と言い寄ると、イエローカードを突きつけられる。最後のディフェンダーを抜きさったはずのところで、自分の服が反発し、前に進まなくなる。振り返ると卑怯者の手が背中に伸びている。サムライは怒りをぐっとこらえてペナルティーキックの準備をする。キーパーの裏をかいて中央に蹴るが、不運にもキーパーの足にあたり、ノーゴール。卑怯者はキーパーと抱き合って喜んでいる。サムライは「これでは家族や皆との約束に答えられない」とがっくり肩を落とす―――こんな映像を頭に浮かべてしまった。恐らく、彼らは相手選手のみならず、その会場に存在した見えない敵と、ずうっと戦い続けていたのかもしれない。
今の強い日本代表を否定したいのではない。小生も日本代表には何としても勝って欲しいと願う一国民だ。そのためにはファールギリギリのプレーも必要だろう。“必要なファール”によって貴重な一点を守り切った英雄たちには、その勇気に対して心からの拍手を贈る。
だが、サッカーのフィールド上のルールや感覚を、普段の生活の価値観や道徳観に応用されると、ちと困りそうだ。言うまでもないが、一般にスポーツでは、審判がファールと認めない限りは、ファールにならない。だから、極端に言えば、審判の見ていないところでのファールは、ファールにならない。“欺けば勝ち”なのだ。でも、仮にそれらを価値観・道徳観にまで持ち込んでしまうと、“美しい国”どころか“醜い国”“卑怯な国”が出来上がってしまう。
根拠も何も無いが、“スポーツマンシップ”とは、こういうところを補おうとして出来上がった“道徳”なのかもしれない。一流プレーヤーの言動は、世界の子供たちに影響を与える。彼らが、率先して醜いプレーをすれば、たちまち子供たちは真似をするであろう。だから“ファールにならなきゃいい”だけでは足りなくなる。だから、我々は、“スポーツマンシップ”を貫いた勇気ある選手達の行動には、大げさにでも子供達に見えるように、賞賛しなければならないだろう。スポーツの“ルール”と“スポーツマンシップ”の関係は、社会においてはちょうど“法律”と”道徳”なんではなかろうか。
話は長くなったが、“サムライブルー”なんて言ってるけど、かつての“侍”とは大違いではなかろうか、と思う。いや、違うべきなんだ、とも思う。そうでもなきゃ、強い日本代表にはなれなかったろう。(ちなみに“侍”という言葉は、“武士”に比べて、あまりいい意味ではないらしい。岬龍一郎さんの本にあったが、ここでは割愛する。)
でも、それでも“スポーツマンシップ”と“ルール”との葛藤は続くんだろう。むしろ、葛藤し続けなければ危ういんだろうと思う。道徳を含む“教育”が見直されている今、“美しい国”とは何かを考えている今、憲法改正の準備が進んでいる今、考えるべきことだろう。
結婚式を迎えるにあたり(と言っても、もう2ヶ月以上前の話…)、自分の祖先について興味を持った。
その結果、母方が有田焼の源右衛門という窯元と遠い親戚であることがわかり、引出物は有田焼に決定。色々な書籍にもあたり、陶磁器(特に磁器)についての知見を深めた。GWには、九州を訪ね、熊本城や長崎はもちろん、佐賀・有田町にも訪れたりした。
そういえば、そもそも結婚式から遡ること約4ヶ月の昨年10月に入籍したのだが、その時には久しぶりに墓参りをしたな。もちろん両家の。
自分のルーツ探し。色々とやってみて思ったこと。
昔から「祖先を大切にせよ」ということを聞くが、実際にそういったことをやってみると、自分の自尊心(いい意味での)が補われた気がした。別の言い方をすると“自分が過去の時代と繋がった”ような感覚を覚えた。
例えば、自分と血の繋がった祖先が、有田で陶磁器職人をしてたとか、新潟で開業医をしてたとか、建設省(中央)の役人をしてたが現場がいいと言い張って千葉の銚子に移り住んだとか、そういう具体的な話を聞いてなんとなく実感すると、自分がその時代と繋がった感じがする。もちろん、その上でその地を訪れたりすれば、なおいいだろう。そうすると、その時代が本当にあったことを実感し、「ああ、自分は突然ここにポッと生まれてきたわけじゃないんだ。過去を生き抜いた祖先らの行いを無駄にせぬよう、精一杯、胸を張れるように生きなきゃ。」というような思いがわいてきた。そして、両親や先祖を今以上に大切にできるような気がした。
もちろん、祖先を省みると、いいことばかりが出てくるわけじゃない。仲違えがあったとか、相続で問題になったとか、自殺しちゃった人がいるとか、悪いことしたとか、色々と出てくることがあろう。でも、いくつもいくつも辿っていくと、そこからは自ずと「生きた」「生き抜いた」という証が出てくるんだろうと思う。それだけでも十分に尊いことではないか。
さて、前述の通り、今回小生は、自分のルーツを辿り、お墓参りをし、祖先に思いを廻らせた結果、歴史に対する知見が高まり、自尊心が補われ、少し心が落ち着いた感じがした。つまり、「祖先を大切に」という教えは、こういった効能を知っていた先人の知恵なのではないかと思った。これらを応用すれば、昨今世を騒がせてるような、突然人を刺す等の短絡的な暴力行為や、自虐的な思考や物言いなんかが抑えられるのではないか、という仮説にまで辿り着いちゃったりした。ちょっと飛躍し過ぎかな。
さてと、また中央図書館に行き、有田や銚子を調べよう。この営みはしばらく続きそうだ。