あたりまえ過ぎるシリーズとは。
2007/06/21 木曜日 - 00:16:37 by ryoki あたりまえ過ぎるシリーズとは、あたりまえ過ぎることを、あえて看板にデカデカと書かなければならない程に、世が進んでしまったことを、ある意味で、正面から感じてみるという試みである。この投稿に端を発しているが、今見ても、スゴイぞ。この看板。
ryokinfo » Blog Archive » 大便が排出されています。
あたりまえ過ぎるシリーズとは、あたりまえ過ぎることを、あえて看板にデカデカと書かなければならない程に、世が進んでしまったことを、ある意味で、正面から感じてみるという試みである。この投稿に端を発しているが、今見ても、スゴイぞ。この看板。
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TVタックルではもちろん年金問題を取り上げた。
議員達はいつものごとく流暢な日本語で、議論を闘わせている。
野党) 総理の「当時の厚労相は菅直人だったじゃないか」なんて発言は、その度量を疑う。自分達だって何もしてこなかったじゃないか。
与党) だから法案を出したじゃないか。それに反対したのはあなた方じゃないか。
野党) あの法案はあそこの云々が納得できない。。
まぁ、よくはわからないがこんな感じだ。
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しかし。
しかし、良く考えてみると。。
今、国民の面前で、社保庁が、大袈裟に言えば、“国家的一大詐欺″を働こうとしている。
なのに。
なのに、国会議員は、まだ、党の利害、自己の利害、なのだろうか。
党派なんて気にしている状況なのか。
国(行政)の悪事を止められるのは、少なくとも、今は、現国会議員だ。
そりゃ、彼らを選んだのはお前(国民一人ひとり)だろ、と言われればそうだが、じゃぁ、誰を選べばいい。。。
“腹立たしい”を超えた感情を覚えた。
“閉塞感”に近いかもしれぬ。。。
こんなんではダメだってこと、、、
わかっちゃぁいるけどやめられない♪
タイムズへの同情も束の間、2分後には「あたりまえ過ぎる」を超えた看板を発見。
犬の糞は、飼い主が始末しましょう。
これだけでも「あたりまえ過ぎる」と言いたい所だが、そんなのは序の口。
なにしろ
敷地内への投げ入れは、やめてください。
とあるのだ。
実はこの看板。
何を隠そう、小学校の給食室の目の前の柵にかけてある。
え゙え゙っ!!
自分達の子供たちの通う小学校の給食室めがけて、投げ入れるぅぅぅ?!
(発見日に遡って投稿)
禁止事項に「ゴミを捨てること」が挙げられていることもそうだが、そんなレベルじゃない。
小便禁止!って…。
んなことまで禁止せなあかんわけ?この世の中。
タイムズさんも大変よね。
(発見日に遡って投稿)
久しぶりにrikarikaさんち(blog)を覗いてみると、源右衛門ネタで盛り上がっていた。こんな(rikarika » 源右衛門窯で和食器を見直し)に盛り上がってるとはつゆ知らず・・・。いまさらながら、あの“数奇な出会い”についてチョイと書いてみたくなった。
我々が結婚した年(今年!)、お互いの両親は結婚35周年だった。厳密にはうちの両親は昨年だけど。そして結婚35周年は珊瑚婚の祝いだと知った。「35」だから「サンゴ」なのかなぁ?なんて思ったりもした。珊瑚婚のプレゼントを探すうちに、「珊瑚赤」を使った源右衛門の皿や杯に出会った。源右衛門は遠い親戚らしいし、珊瑚を使った有田焼なんてピッタリじゃん!胸を躍らせた。
早速、実物を見たくなったので、東京の源右衛門窯を訪ねることにした。電話をかけると陽気なEおばちゃんが出た。「珊瑚赤を使ったイズニク手あります?」と聞くと「あるよ。でも珊瑚赤ってなんだろうね?調べておくよ。」。後日、宝町の東京店を訪ねると、Eおばちゃんは包み隠さずこう言った。「珊瑚赤ってね、色の名前みたいだよ。珊瑚は使ってないよ。」正直ガッカリした。「珊瑚っぽい赤色」という意味なのだ。珊瑚婚に「珊瑚っぽい赤色の有田焼」、結局これでは納得いかなかった・・・。
でも、その日初めて目にしたイズニク手は美しかった(左上の写真、右上の写真)。イズニク手はシリーズになっていて、赤っぽいのが珊瑚赤と呼ばれる色のものだ。調べていただくとわかるが、イズニク手はトルコと有田のコラボレーションなのだ。
源右衛門窯:イズニク手物語
(つづく・・・と思われます。今晩はもう眠いのだ。)
300(スリーハンドレッド)の先行上映ってやつをやってたので、観てみた。
全体のストーリーはほぼ期待通り。
昨今「日本の品格」「武士道」あたりに興味がある自分にヒットしないわけがない。
なんて、これらと紀元前500年ごろのスパルタの出来事が共通するなんて、言い過ぎだろうか。あるいは、いいかげん過ぎ?!
いずれにしろ、テーマを自分なりに解釈すれば、「誇り」と「意志」となる。
アクションシーンの映像エフェクトは好き嫌いが分かれるのではないか。
爽快、気持ちいい、リアル、いやリアルじゃない、気持ち悪い、色々とあるかもしれない。
個人的には、残虐過ぎて気持ち悪いとか、そういった感情は全く生まれなかった。
日本のゲームや映画(例えばバーチャファイター)の影響を受けているように感じた。
また、マトリクス(個人的にはこちらの戦闘シーンのが、芸術的で好き)やラストサムライも連想した。
ああ、そういえば、ロードオブザリングを思い出したりもしたな。ちなみに戦闘シーンではなく、とある登場人物が連想させた。
ところで、今たまたま、「田中正造の生涯」(林竹二著)を読んでいる。
近くの古本屋で150円で見つけたものだ。
彼と谷中村に残留した人々の戦いは、300人のスパルタンと同じ戦いだと思う。
武士の切腹とも共通する。
自由意志は不可侵だということ。
否、自由意志は不可侵となりうるが、その人次第、と言い直しておこう。